
Interview by Adrian Gonzalez + David Uzquiza (Buffalo zine)
※このインタビューは2013年に行われた時のものです。
挑発的な写真家/映画監督ラリー・クラークは映画をインターネット向けのものへと変化させた
「映画を作るのはとても大変なことなんだ。特に、自分で編集もするようなアート映画なんかはもっと大変だ。だから俺は自分でウェブサイトを立ち上げてそこで映画を見せた方が手っ取り早いと思った。仲介業者やプロデューサーなんかとはおさらばしてな。ああいう奴らは詐欺師みたいなもんさ。俺は未だに奴らから映画の金を支払ってもらったことは無いからな。インターネットが出来て、みんなビデオを撮るようになって、それが百万回くらい再生されている。だったら俺もやってやろうじゃないか」
7年ぶりとなるラリー・クラークの最新映画『Marfa Girl』は、思春期のセクシュアリティとアメリカの若者のダークサイド、そしてまだ知られていないサブカルチャーをテーマとした映画で、彼のサイトで$5.99で見ることが出来る。
(注釈:その後『Marfa Girl』はアメリカの映画配給会社Spotlight Picturesが権利を買取り、今はLarry Clarkのサイトで見る事は出来ませんが、こちらでトレーラーを見る事が出来ます)
70歳になるクラークは1971年に発表した写真集『Tulsa』で評判となり、その後1995年に、ニューヨークの十代のスケーター・キッズたちの虚無感を扱った私的なストーリーで物議を醸すこととなった映画『Kids』で、これまで誰も見たことのなかった世界への扉をあけた。
その頃はまだインターネット前夜の時代で、僕たちは小さな街に住む15歳のキッズだった。今でも覚えているー1995年の冬、街にたったひとつしかない地元の映画館で"今年一番のアメリカン・インディペンデント映画"が始まるのを大きな興奮と期待を持って待っていた。その映画を見ることは、僕が存在さえ知らなくて、ましてやそこに属することなんて出来ないような秘密のクラブへのアクセス権を得るようなものだった。まるで僕と同い年でドラッグもやるしセックスもする、ワイルドなパーティーにも行くし、さらにはシリアスな問題を抱えているようなキッズたちとつるんでいるような感覚だった。僕にとって彼らは怖い存在であり、同時に魅力的な存在でもあった。
『Marfa Girl』では、アメリカとメキシコの国境近くの、カルチャーのるつぼであるテキサスのマーファに住む白人のアメリカ人とメキシコ人、牧場主、国境警備の警察、そしてヒッピーのアーティストらの間で生じている様々なカルチャー同士の衝突にフォーカスし、現実社会に直面した十代のドラマが描かれている。
ちょうどマーファから自宅のあるニューヨークへ戻ったばかりですよね。
そうだ。週末はマーファで雑誌のためにアダム(・メディアーノ)とメルセデス(・マックスウェル)の撮影をやっていたところだよ。あそこに行くにはニューヨークから丸一日かかるから、たった一日だけの撮影のために行くってのはクレイジーなもんさ。荒野のまっただ中の辺ぴな場所で、まずエル・パソまで飛行機で行ってそこからさらに車で4時間さ。
ファッションフォトについてなのですが、最近あなたが『Purple Fashion』のためにやったプロジェクトについてのコメントで「俺はアーティストであって、ファッションフォトグラファーなんかじゃない」と言っているのを読みました。それはあなたがあまりファッションフォトに興味が無いということですよね?でも、これまでに『Vogue』や『V Magazine』などで撮影をしてきているし、先週も雑誌のために撮影をしていたんですよね。
そうだな、ファッション誌のために撮影をするということは俺にとっては目新しいことではない。『Whassup Rockers』に出演したキッズたちを使ってファッションフォトもやったし、昔は『Kids』のクロエ(・セヴィニー)やレオ(・フィッツパトリック)、ジャスティン(・ピアース)を使ってそういうのをやったりもしてた。そして今また映画のためのプレスは全て自分でやっているから、たくさんのインタビューをこなした。つまりだな、俺は他のやり方がわからないからそうしているだけなんだ。
あなたはここのところずっと映画製作にフォーカスしていて、90年代に映画を発表して以降は新しい写真集を発表していないようなのですが、もう写真には興味がなくなったのですか?
俺はいつでもストーリーテラーなんだよ。俺の写真は決してただ写真を撮ってそこから立ち去るようなものじゃなくて、俺が興味のある奴らと一緒に過ごしたことや奴ら自身のストーリーについてなんだ。それは写真が撮られる前に何があったのか、撮られた後に何があったのか、ということだ。最初の写真集『Tulsa』は俺が長期間(1963-1971)に渡って友達と過ごして作られたものだ。それは映画も同じで、長い時の経過を要する。この最新作も同じように、俺がたまたまマーファに行った時にアダムというキッズに出会って、それから俺はこの時代にこの土地で生きていくということはどんなことなのかと考え始めた。そして今、この『Marfa Girl』と同じ役者で3部作を作ろうと考えていて、来年アダムとメルセデスが17歳になった時に次の作品を撮って、さらに3作目でまた彼らのストーリーを追いかけようと思ってる。
いつもマーファなのですか?
うーん、それはわからないな。今、2作目の脚本を書いているところなんだが、肉体的にも心理的にも彼らに次にどんなことが起こるのかを考えているんだ。それはとても楽しいもんだ。
あなたの作品の世界観はいつも十代の若者たちをテーマにしているように思うのですが、人生の中における十代の頃の何があなたをそんなにも虜にするのですか?
それは思春期に何があったかということがその後そいつがどんな大人になるかを決めると思っているからだ。それとあと、もちろん生物学上の理由もあるけどな。この映画はまさに、人々がその後の人生でどんな行動を起こすのかは彼らの過去の経験と関連している、ということを扱っている。それは俺にとってはとても興味深いことなんだ。例えば俺が、殺人を犯した奴がなぜ人を殺そうと思ったのかを理解しようと考えて、それはただその時の状況や子供の時に起こった出来事への反応だったのか?とか、遺伝子に組み込まれていたのか?それとも両方か??などと考えるんだが、絶対的な答えっていうのは無くて、ずっと不可解なことなんだ。
→→→ 続きは後編にて!
*Translated from original interview in BUFFALO ZINE issue #2. This is part 1 and continues to part 2.
※これはBUFFALO ZINE issue #2のインタビュー英語原文を日本語に翻訳したものです。これは前編で、後編へと続きます。